世界一受けたい授業の理科の実験などでおなじみ、米村でんじろう先生。

 

たまにYouTubeのショート動画などで、でんじろう先生の動画が回ってくることがあるのですが、

 

なんと御年70歳なのですね。

 

そして見た目もさることながら、70歳、しかも科学者とは思えないほどのフィジカルも話題になっています。

 

いったいどれほどのものなのでしょうか?

 

【本名】戸谷傳治郎

【生年月日】1955年2月15日

【出身】千葉県市原群

【大学】東京学芸大学

 

科学教育の第一人者・米村でんじろう先生

サイエンスプロデューサーとして活動し、テレビの科学番組には欠かせない存在である米村でんじろう先生。

 

子ども向けの実験から大人も楽しめるものまで、工夫を凝らした実験は世代を問わず親しまれています。

 

そしてそんなでんじろう先生、2025年で70歳を迎えました

 

え、、、もう70歳なの!?

 

 

たしかにでんじろう先生は1955年2月生まれ、2025年の誕生日で70歳になります。

 

でも見た目は全く変わっていないような…?

 

私の昔の記憶の中のでんじろう先生と全く同じです。

 

それに実験動画ではアグレッシブな動きも見せています。フィジカルつっよ。

 

本当に70歳なのでしょうか…?

 

実は30歳から社会人となった米村でんじろう先生

米村でんじろう先生は東京学芸大学・東京学芸大学大学院を卒業し、1985年より東京都立稲城高等学校の物理教師として赴任しました。

 

なので教員になったころにはもう30歳だったのですね。

 

実は東京学芸大学にも3浪の末に合格、そして大学院進学も「社会に出るのが嫌」という理由で決めたそう。

 

実際に大学院を卒業してからも研究生として3年も残り、その結果30歳にして社会に出ることになったみたいです。

 

 

ですが赴任した稲城高校はいわゆる落ちこぼれ校。授業を真面目に聞くような生徒は皆無という状況でした。

 

それでもでんじろう先生は生徒を見放すようなことはせず、どうすれば生徒たちが理科に興味を持ってくれるか真剣に考え、積極的に生徒たちと一緒に実験を行ったそう。

 

これが今のでんじろう先生につながってくるわけですね。

 

 

93年に転勤で東京都立小金井北高校へ赴任。

 

今度はうってかわって進学校で教鞭を振るうこととなったのですが、受験に必要のない実験は保護者からあまり評判がよくなかったそう。

 

このころからNHKの番組制作を手伝うようになったこともあり、96年には教員を辞めてサイエンスプロデューサーとして活動するようになったそうです。

 

この時、でんじろう先生は41歳。

 

それから30年たった今でも、でんじろう先生は科学番組に欠かせない存在となっています。

 

70歳にしてアグレッシブな科学者

それにしても、アグレッシブさも年々増してきているような気もします。

 

実験の中には体を大きく動かすものもあったりするのですが、でんじろう先生の動き、かなりの勢いがあります。

 

特にそれを感じられるのが「投石器」の動画。

 

投石機は古代から狩りに使う武器として使用されていたのですが、その作り方と投げ方のコツをでんじろう先生が動画で披露してくれています。

 

 

もう70歳とは思えないフィジカルの強さを見せてくれています。

 

(正確にはこの動画の当時で68歳)

 

他の動画でもいつも動きがすごいですよね。

 

 

 

 

でもたまに無茶が災いしてしまい、アキレス腱断裂の大ケガを負ってしまうことも。

 

 

ですがそれすらも教材としてみんなに伝えてくれるのがでんじろう先生のすごいところです。

 

 

これからもケガには気を付けて、たくさんの実験を届けてほしいですね。

 

 

いかがでしたか?

70歳にして常に最前線で科学の面白さを伝えてくれている米村でんじろう先生。

 

しかも誰よりもアグレッシブな動きで、体を使って伝えてくれています。

 

やはり年齢が年齢菜だけにケガの心配もありますが、これこそがでんじろう先生のスタイルですから。

 

これからも頑張ってほしいですね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。