2025年はオールスターにも出場した西武ライオンズの西川愛也(まなや)選手。

 

いまやバッティングに守備にチームに欠かせない存在となりました。

 

ですが西川愛也選手、実は入団当初から肩を故障していたのですね。

 

正確には肩ではなく大胸筋の断裂とのことですが、まともにボールを投げることすらもできない状態でした。

 

ですがそこから8年、いまではセンターで強肩を披露するまでに復活しています。

 

今回はそんな西川愛也選手についてまとめてみました。

 

【生年月日】1999年6月10日

【出身】大阪府堺市北区

【身長/体重】181cm.90kg

【高校】花咲徳栄高校(埼玉)

 

西武ライオンズを代表する選手となった西川愛也

西武ライオンズの外野の要・西川愛也選手。

 

プロ7年目となる2024年は自己最多の104試合に出場しレギュラーをつかむと

 

2025年はさらに走攻守にわたってスケールアップし、チームを牽引する活躍を見せています。

 

ドラフト当時は打撃に定評のある選手というイメージだったのですが、今では守備でも大活躍ですね。

 

広い守備範囲に強肩も兼ね備えた、華のあるセンターに成長しました。

 

そしてオールスターにも監督推薦で出場。解説者席では花咲徳栄高校時代の同級生である中日・清水達也選手との掛け合いが話題となりました。

 

 

大胸筋断裂のケガから復活した西川愛也

そして清水達也選手も言っていたのですが、西川愛也選手、高校時代から肩のケガを抱えていたのですね。

 

正確には肩ではなく大胸筋の断裂ということではありますが…

 

大胸筋断裂って、野球選手ではなかなか聞かないケガの種類です。ベンチプレス中に断裂してしまうというケースはまれにあるらしいのですが。

 

西川愛也選手は試合中に送球の際に断裂してしまったとのこと。ご本人曰く「雷が落ちた」と表現するほど、すさまじい衝撃が走ったそうです。

 

2年の春のことだったのですが、バッティングは1か月ほどで出来るようになったのでそのまま試合には出場。

 

しかしボールはまともに投げられず、レフトの西川愛也選手のところにボールが飛ぶとかなり近くまでショートがカットに行っていたくらい。

 

清水達也選手はこの当時のことを「遠投5m」「パワプロで言うと肩Z」と言ってひたすらにいじっていましたw

 

 

それでも2年の夏には甲子園に出場。しかも4番レフトという打線の核を担います。

 

この時の甲子園では10打数6安打4打点の活躍を見せました。

 

そしてこの年の秋に手術を受けたのですが、その後も万全の状態に戻ることはなく、そのまま3年生の夏を迎えてしまいます。

 

バッティングは引き続き好調で、3番レフトとして躍動。ちなみにこの時の4番は1学年下の野村勇希選手(日本ハム)でした。

 

結果は皆さんご存じの通り、見事優勝。そして西川愛也選手は10月のドラフトで、埼玉西武ライオンズから2位指名を受けてプロ入りを果たします。

 

高校2年生の時のケガが3年生になっても治らず、故障を抱えたまま甲子園優勝・ドラフト指名ってある意味異色のキャリアですよね。

 

 

プロ入り後もまずはケガの治療に専念ということで、リハビリをしながら2軍の試合で打席をこなします。

 

その後もじっくりと鍛えられ、3年目の2020年に1軍デビュー

 

8月16日の楽天戦でプロ初出場を果たし、2打席目ではプロ初ヒットを放ちました。

 

 

なおプロ2本目のヒットはそこから3年後となるわけですが。

 

(2020年8月20日~2023年4月30日まで62打席連続無安打のプロ野球記録)

 

ですがそこからさらに成長して、いまや西武ライオンズの外野の要となっています。

 

バッティングはもちろんのこと、強肩でランナーを刺すシーンもたびたびありますよね。もう遠投5m、肩Zなんて言わせない!

 

大胸筋断裂という野球選手ではあまり効かないケガから復活を果たした西川愛也選手。

 

これからの活躍にも注目です。

 

 

いかがでしたか?

打って守って走って、三拍子そろった選手となった西川愛也選手。

 

高校2年生の時のケガがプロ入り後まで長引くものとなりましたが、そこから懸命のリハビリを経て、大復活を遂げました。

 

ですが清水達也選手の話を聞いていると、これからまだまだよくなっていく予感すらあります。

 

さらに大きなスケールの選手になってほしいですね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。