高須クリニックの院長としてもおなじみの高須克弥さん。

 

Yes!高須クリニック』のキャッチフレーズはあまりにも有名ですよね。

 

そんな高須院長の奥さんは漫画家の西原理恵子さん。

 

なのですが、実は依然として入籍しておらず、事実婚の状態だといいます。

 

馴れ初めもかなり特殊だといいますが、いったいどのような経緯なのでしょうか。

 

まずは高須院長のプロフィールから

【名前】高須克弥(たかす かつや)

【生年月日】1945年1月22日

【血液型】O型

【身長】170cm

【出身地】愛知県西尾市

【大学】昭和医科大学(現:昭和大学医学部)

 

美容外科というジャンルを切り開いた高須院長

ご存知の通り、高須クリニックの院長である高須克弥さん。

 

父親は内科医母親は産婦人科医祖母も内科医という医師家庭で育ち、高須克弥さんも自然な流れで医師を目指すことになりました。

 

東海高校から昭和大学医学部を卒業し、整形外科を専門とすることを選びます。

 

その後大学院の博士課程を修了し、西ドイツやイタリアなどへ研修留学

 

帰国後の1974年、実家の高須医院を拡大する形で、高須病院を開設しました。

 

 

こうして整形外科の診療を始めた高須院長。

 

海外に留学した経験を活かし、日本では導入されていなかったような最新設備をそろえました。

 

今までは長期入院が必要だった症状も、短期入院で済むようになります。

 

しかしここである問題が。

 

患者さんから長期入院の方が保険金がたくさん下りるからもっと入院させてほしいと言われてしまうのです。

 

しかも病院としても1人の患者をダラダラと治療していたほうが儲かるという。

 

この医療制度が存在する限り、医療の進歩は妨げられてしまう。

 

そう憤慨した高須院長は、何かいい方法はないかと模索することとなります。

 

そこで出会ったのが美容外科です。

 

保険のきかない美容外科であれば、真の医療を突き詰めることができる。

 

さらに誰も競合相手がいないため、この分野ならリーダーになれる。

 

このジャンルを極めようと決意した高須院長は、1976年、高須クリニックを開設します。

 

 

こうして日本に美容外科という考えを生み出した高須クリニック。

 

高須院長も本を出したりテレビに出演したりなど、美容外科を一般的な存在にしていきました。

 

今では一般的なヒアルロン酸ボトックスなどの最先端美容技術を日本に初めて持ち込んだのも高須院長です。

 

ある種の革命家ともいうべき人物ですよね。

 

しかも新しい技術を取り入れるときは、まず自分が実験台になるといいます。

 

安全性の証明のためにはまず自分に施術、美容整形にかける並々ならぬ想いがうかがい知れます。

 

西原理恵子との奇妙な出会い

そんな高須院長は、現在は西原理恵子さんという方と夫婦関係にあります。

 

とはいっても、入籍はしておらず、事実婚の状態みたいですが。

 

西原理恵子さんも軽くプロフィール紹介しておきましょう

【名前】西原理恵子(さいばら りえこ)

【生年月日】1964年11月1日

【血液型】A型

【出身地】高知県高知市

【大学】武蔵野美術大学

 

 

西原理恵子さんといえば、『毎日かあさん』などを手がける漫画家です。

 

『ダーリンは70歳』のモデルも、高須院長なんだとか。

 

西原理恵子さんもかなり壮絶な人生を送っていた方で…

 

飲酒が原因で高校を退学(しかもこの処分が不服だと学校側を訴えたそうです)

 

大学入試資格検定を取得し、美大受験を目指すも、試験日前日に父親が蒸発(ギャンブルで多額の借金があった)。

 

大学入学後はホステスをやったり成人雑誌のカットを書く仕事をしたり、学生時代からきわどいことをやっていました。

 

さらに卒業後は、パチンコ賭け麻雀に熱中。パチンコ雑誌や麻雀雑誌に連載を持っていたとはいえ、身を削ってまでやることはなかったのでは…?

 

それでも自分の状況をリアルかつ面白おかしく書いた漫画は読者から好評で、3作品が映画化されるほどの人気を誇っています。

 

 

そして2人の関係はとても面白いんです。

 

まずは馴れ初めを紹介していきましょう。

 

高須院長と西原理恵子さんが知り合ったのは2000年頃

 

西原理恵子さんが自身の漫画に「高須クリニックのCMが下品すぎて素敵だ。友達になってやってもいい」と書いたことがキッカケだったそうです。

 

それを知った高須克弥さんは、「ぜひ友達になってください」と手紙を送ったんだとか。

 

いまでもツイッター上でウーマンラッシュアワー村本大輔さん相手に同じようなことをしていますが、結構好戦的なんですね。

 

が、西原理恵子さんはこれを面白いと受け取ったのか、条件付きで友人になることを承諾。

 

その条件というのが、「高須さんを漫画のネタにさせてくれ」というもの。

 

高須院長もこれを承諾し、実際に「毎日かあさん」内で主治医として登場するようになりました。

 

高須院長も西原理恵子さんのことを応援し、ファンであることを公言するようになります。

 

 

ただこの当時の2人は恋人関係ではありませんでした。

 

高須院長は大学で知り合った産婦人科医のシヅさんという奥さんがいましたし、西原理恵子さんはジャーナリストの鴨志田譲さんと結婚されていましたから。

 

2人が仲良くなってからは家族ぐるみの付き合いも増えてきたそうですが、あくまで仲のいい友人という関係が続きます。

 

 

最愛のパートナーを失った西原理恵子

そんな状況が少し変わってくるのが、2007年ごろです。

 

この年、鴨志田譲さんが腎臓がんのために亡くなってしまいました

 

実は2人は2003年に1度離婚しています。

 

原因は鴨志田譲さんのDV。

 

仕事のストレスから重度のアルコール中毒になり、西原理恵子さんや子供に手を出すこともあったそうです。

 

 

しかし、離婚後に鴨志田穣さんに腎臓癌が発覚。

 

思わぬ状況に、鴨志田穣さんも「もう一度家族で暮らしたい」と西原理恵子さんに迫るのですが、、、

 

自分だけの問題ではないため、西原理恵子さんもどうすべきか迷っていました。

 

そんな時に背中を押したのが高須院長。

 

「もう一度彼と暮らしてあげなさい、あなたの膝で見送ってあげなさい、それがあなたのためだから」

 

誰のためでなく、自分のために。

 

この言葉がきっかけで西原理恵子さんは鴨志田穣さんと暮らしてみようと決意できたそうです。

 

但し「アル中が治ったら一緒に暮らしてあげる」という条件付きで。

 

すると本当に鴨志田穣さんは本当に自力でアルコール中毒を克服していったといいます。

 

こうして2人は復縁、婚姻届けこそ提出しませんでしたが、元のさやに納まりました。

 

鴨志田譲さんもヒトが変わったように優しくなり、最期には「毎日家族といるのが楽しい」と口にするほどだったそうです。

 

そこから半年後にお亡くなりになりましたが、最愛の家族の看取られてよかったのではないでしょうか。

 

西原理恵子さんも後悔なく見送れたと思います

 

パートナーを失ったもの同士で惹かれ合う運命

そして高須克弥さんの前妻、高須シヅさんも2010年にお亡くなりになっています。

 

シズさんは高須院長の大学時代の同級生で、卒業後は産婦人科医に勤務

 

高須クリニック開設後はクリニックの経営者としても手腕を発揮していました。

 

時には高須院長の実験に付き合うことも。

 

高須院長にとっては最愛の人であり、最高のビジネスパートナーでもありました。

 

高須クリニックのキャッチコピー「Yes!高須クリニック」を生み出したのもシズさんだそうです。

 

しかし2010年、肺がんでこの世から旅立ってしまいます。

 

さらにタイミングが悪いことに、高須院長の母親や愛犬も同時期に死別

 

さすがの高須院長も、すぐには立ち直れないほどのショックを受けていました。

 

 

そんな高須克弥さんを近くで支えたのが西原理恵子さんです。

 

自信が夫のことで支えてもらったように、今度は高須院長を支えます。

 

毎日のように食事に連れ出し、励まし続けました。

 

ただ最後は高須院長が全く手を出さないことに業を煮やして、自分から手を出したそうですが。

 

しかも西原理恵子さんのほうから「ヤらせろよお前!」と半ば脅迫のように関係を持ったそうです(笑)

 

当時の高須院長はホテル暮らしだったので、ホテルに連れ込む必要がなく、部屋に上がり込んでそのまま襲い掛かったそうです。

 

まあ経緯はともかくとして、パートナーを亡くした同じ悲しみを持つ2人が、恋仲になるのは自然の流れかもしれませんね。

 

 

そして現在も入籍はしておらず、事実婚状態だそうです。

 

その理由も、「籍を入れると何かあった時にすぐ不倫と言われるから

 

なんともユーモアにあふれた夫婦ですよね。

 

 

 

 

いかがでしたか?

お互いに愛し合っていながら、馴れ初めが奇妙だったり、くっ付くときはいい話だったり。

 

それでいて籍を入れずに事実婚というのも、なんだかおもしろいですよね。

 

でもこんな夫婦だからこそ、変わり者同士でも年の差があっても、上手くやっていけるんだろうと思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。