期待の存在が進化を見せた。
2026年シーズン、規定打席に到達した度会隆輝選手。
ルーキーイヤーから非凡な打撃の才能を見せていましたが、とうとうその才能が開花したのでしょうか?
いえ、今シーズンは打撃力向上以上に、守備面での成長が顕著にみられました。
これまでも幾度となく守備力を課題に挙げられていた度会隆輝選手。
そんな彼が、いまやセリーグでも随一のレフトとなったのです。
今回はそんな度会隆輝選手についてまとめてみました。
【生年月日】2002年10月4日
【出身】千葉県市川市
【高校】横浜高校
打撃では非凡な才能を見せていた度会隆輝
元ヤクルトスワローズの度会博文氏を父に持ち、自身も非凡なバッティングセンスを見せる度会隆輝選手。
高校時代は横浜高校で活躍し、社会人のENEOSを経て横浜DeNAベイスターズへと入団しました。
オープン戦からガンガン打ちまくり、16試合の出場で.434(53-23)で首位打者を獲得。
開幕戦にも「1番ライト」で名を連ねると、0-3のビハインドからスリーランを放ち、チームの窮地を救う活躍を見せました。
翌日の試合でもツーランホームランを含む4安打の大活躍。
お立ち台でも「最高でーす!!!」とチームを盛り上げていました。
しかしその勢いはすぐにそがれてしまいます。相手チームからのマークも厳しくなったのか、無安打の試合も増えてきました。
それでも4月後半には満塁ホームランを放ち、これで月間3本目のホームラン。ルーキー選手の満塁ホームランは球団史上初だったそうです。
印象的な活躍は確かに見せていました。
が、打撃は深刻な状態から抜け出せず。さらにライトの守備でも精彩を欠くプレーが見られ5月には2軍落ち。
その後、打撃は復調して並外れたセンスは見せていましたが、やはり打撃以外の課題が多く、苦しいルーキーイヤーとなりました。
2年目もやはり打撃では非凡なものを見せ、ホームランは前年の倍の6本を記録。チームが苦しい時に突破口を開いてくれることもありました。
しかし首脳陣からの評価はやはり守備・走塁面でのことが中心。こちらに関しては課題は多数、まだまだプロレベルではないという評価だったのです。
2026年はライバルが多いものの終盤はレギュラーに
しかし2026年シーズンは変わりました。
前年の秋季キャンプではサードの守備に挑戦し、軽快なプレーを見せます。
春季キャンプでは監督から苦言を呈されていましたが、それも期待の裏返しだったのでしょう。
開幕から1軍に帯同し、時にはレフト、時にはライト、時にはサード、時には代打と様々な仕事をこなしました。
サード守備、当初は不安があったのですが、なかなか軽快な動きを見せていましたね。
5月21日にはプロ通算174本目のヒットを放ち、父・博文氏の記録を超えます。
交流戦前までは打率3割をキープし、佐藤輝明選手に次ぐ2位にもつけていました。
しかし6月ごろから調子を落とし、反対に状態を上げてきた勝又温史選手にスタメンを譲る機会も増えてきます。
7月にはヘラル・エンカーナシオン選手が加入し、筒香良知選手・佐野恵太選手・宮崎敏郎選手も好調。度会隆輝選手は代打での起用が中心となってしまいました。
それでも抜群の代打適性を見せ、チームに貢献します。
8月に入ると勝又温史選手が調子を落としてきたためスタメンに復帰。
そこからは安定した打棒を見せ、シーズン終了まで1番として活躍しました。
8月・9月のチームの快進撃は、度会隆輝選手から始まったと言っても過言ではないでしょう。
2026年の度会隆輝は守備がうまい
そして度会隆輝選手、何よりも守備が成長しました。
上述のように3ポジションを守って失策は0、それも置きにいった守備ではなく積極的なプレーも魅せた中での失策0です。
特にレフトの守備では幾度となくチームを救いました。
もはや名手と言ってもいいレベルです。
シーズン終盤にオプションとしてセンターを守った時はさすがに危なっかしいところはありましたが。
だからこそ、努力をしてレフトの守備を向上させてきたんだなということも感じられます。
打撃では鈴木尚典コーチと、守備では藤田一也コーチと、二人三脚で頑張ってきました。
来シーズンはいよいよバッティングで結果を残すとき。
3割に2桁ホームランは軽く達成してほしいですね。
いかがでしたか?
2026年シーズンは守備でも大きな成長を見せた度会隆輝選手。
レフトの守備ではチームの危機を何度も救ってきました。
打撃でも十分な成績と言えますが、ポテンシャルを考えるとこちらはまだまだといったところ。
2027年シーズンはさらに成績を伸ばしてほしいですね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


